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植田中学校  「総合的な学習」
平成15年10月23日
説明者:宮司 飯野光世


10月23日に植田中学校の生徒さんが来社された際に
あらかじめ生徒さんから頂いていた質問をもとに
飯野八幡宮について説明したものです。

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はじめに
・ 校外学習質問の説明

テーマ
・飯野八幡宮の建立の由来
・飯野八幡宮の歴史について

ご祭神   本 殿:品陀別命(応神天皇)
            息長帯姫命(神功皇后)
            比賣神(仲姫)
       若宮社:大鷦鷯命(仁徳天皇)

質問1  飯野八幡宮はどのような目的の為に造られたのですか。

・平安時代末期全国に荘園が成立した。
 当いわき地方には好嶋庄・菊多庄が成立。
・本所、領家の関係。祭政一致の考え方。
・好嶋庄の総社として京都石清水八幡宮より勧請(文治二年1186年)。
  預所職=八幡宮宮司
・好嶋庄の現在の範囲
 東庄ー楢葉・久ノ浜(夏井川北東部)
 西庄ー平・内郷(鮫川まで)
・相模鎌倉に元八幡を創建し、これを起点として陸奥に向かって五里ごとに、いわゆる五里八幡を創建した。荒川八幡、植田八幡、飯野八幡などが、それである。=五里八幡

質問2  なぜ現在の平に建てられたのですか
・ 好嶋庄は東西二地区にわかれており東庄の穀倉地区にたいし、西庄は行政・商業地区である。平は好嶋西庄の中心地であるため、平に建立された。平安時代の漢和辞典『倭名類聚抄』によると、平は飯野平と呼ばれていた。
飯野平鎮座八幡宮=飯野八幡宮
質問3 飯野八幡宮の建立費用について

 平成五年から八年にかけ、国指定重要文化財の本殿改修がおこなわれ、修理費用は約三億二千万円かかった。

質問4 鳥居忠政について

・慶長七年(1602)磐城平藩藩主として入部
・飯野八幡宮の移転

質問5 飯野八幡宮の建立当時の時代背景

・社伝:康平六年(1063)建立 五里八幡
・飯野文書:文治二年(1186)建立

 永承6年(1051)
<前九年の役開始>
奥州で安倍頼時が反乱をおこすが、源頼義に帰順する
 康平5年(1062)
<前九年の役 終了>
源頼義、義家親子が出羽の豪族・清原武則と共に安倍氏を滅ぼす
 永保3年(1083)
<後三年の役開始>
清原氏に内紛が生じる。源義家は藤原清衡を助けて介入
 応徳3年(1086)
<院政始まる>
白河上皇が院で政務を執り始める
この頃、北面の武士が設置される
 寛治1年(1087)
<後三年の役 終了>
義家らが清原家衡らを破る
奥州藤原氏の東北支配が始まる

質問6 現在の神主は何代目か

好嶋庄預所職飯野八幡宮宮司伊賀光宗より数えて今の宮司は24代目です。

質問7 本殿の屋根は何造ですか?

・入母屋造、こけら葺き 桁行三間、梁間三間
・創建当初は流れ造であったが延宝二年(1674)の改修により現在の様式になった。

質問8・9 若宮八幡神社本殿について

若宮社ご祭神:大鷦鷯命(仁徳天皇)
形式:前室付一間社流造
屋根:流し板葺き
建立時期:元和四年(1618)
大工:平澤内匠助

質問10−12

仮殿について
・仮殿は本殿屋根替えなどにより、御神体を一時遷座する際に使用する建物。
・建立時期:延宝元年(1673)
 本殿の屋根替えが延宝二年に行われている。
・構造:前室付一間社流れ造
 屋根は流し板葺き(現在は鉄板葺き)
 若宮社とほぼ同じ造りとなっている。

質問13−15 神楽殿について

・建立時期:元和九年(1623)
 
・構造:桁行二間、梁間二間 入母屋造屋根はこけら葺き (現在は鉄板葺き)
・用途:祭礼の時に神楽舞などを奏した場所。
・特徴:垂木及び軒廻りの反り格天井などに中世風の意匠が見られる。
・「八幡宮萬御造営帳」に記載されている。

質問16 唐門について

・建立時期:特に記録はないが、様式・細部形式などから元禄期頃と推測。 
・構造:一間一戸平唐門、屋 根はこけら葺き(現在は瓦 棒式銅板葺き)

質問17 楼門について

・建立時期:万治元年(1658) 
・構造:三間一戸楼門、入母 屋造、屋根はこけら葺き   (現在は銅板葺き)
 
・特徴:この楼門は、飯野八幡宮社殿の一連の造営時期の中間に位置し、造営開始当時の中世風の伝統的工法から近世工法に切り替わった時期。

質問18 宝蔵について

・建立時期:不明。隅木の墨書によると寛文四年(1664)に屋根葺き替えが行われている
・構造:土蔵造、寄棟造、本瓦葺、桁行三間、梁間二間 外部は漆喰塗、壁はなまこ壁。  
・当初は経蔵といわれた時期があった。
・祭具を収納する土蔵。 

質問19 流鏑馬について

流鏑馬の起源は、源頼朝が鎌倉幕府を開くに当り源氏の氏神鶴ケ岡八幡宮に流鏑馬神事を奉納すべく、文治3年8月15日(1187)鶴ケ岡八幡宮の流鏑馬神事を奉納したのが最初とされている。
飯野八幡宮では飯野文書に貞和二年(1264)にはすでに流鏑馬は行われていた。
例年9月13日、夏井海岸における宮司、騎士、馬の潔斎にはじまり14,15日、八幡宮社前頭の参道を馬場として、古来の方式によって扇子投げと的矢が数回ずつ行われる。騎士の服装は藩主内藤家寄進によるものを用い、笠には「奉寄進飯野八幡宮 萬治三年(1660)八月吉日 内藤義概」の文字が残る。

質問20 神輿について

・いわき市指定重要文化財
 平成6年3月25日
・製作年:貞享三年(1686)
・製作者:平澤儀左衛門清貞
・寄進者:内藤能登守家臣
      松賀伊織孝興
      上田主計信尚

〒970-8026
福島県いわき市平字八幡小路84
 飯野八幡宮
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